青森地方裁判所 昭和38年(わ)26号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件公訴事実は、被告人は青森県十和田市大字三本木字南金崎五番地に本社を有し、東京都豊島区池袋東一丁目に東京事務所を設け農機具の製造販売等の業を営んでいる佐々木農機株式会社の取締役社長であつて、同会社の業務執行一切を総括鞅掌しているものであるが、昭和三〇年八月頃から同三三年一月二二日頃までの間継続して、株式会社高北農機製作所の所有にかかる犂ひだに関する特許、すなわち数条の弾性犂ひだ片の根部を一体とし、該根部全体を犂先支持板に固着すると共に各犂ひだ片の背後を連結板で連結して犂ひだを形成し、上記連結板を操作して各犂ひだ片の弾性により犂ひだの根部を起点として犂ひだ面を所望に捻曲せしめることを特徴とする犂ひだに関する特許第二一八五〇四号(昭和二七年六月二四日高北新治郎外四名特許出願、同二九年九月二七日特許出願公告第六一五二号、同三〇年一二月一日株式会社高北農機製作所権利承継、四月一九日特許登録)の権利範囲に属している犂ひだを有する畑用犂を、擅に前記東京事務所で二二一六台を製作し、右東京事務所並びに本社において、茨城県古河市南新町五九九九番町高田ポンプ店外一〇三個所の農機具販売店に販売し、以て株式会社高北農機製作所の特許権を侵害したものであるというにあつて、被告人の右所為は特許法(大正一〇年四月三〇日法律第九六号の旧特許法)第一二九条第一項に該当するというのである。<中略>
本件被告事件の審理に当り被告人が社長である佐々木農機株式会社の製作し、これが本件特許権を侵害する犂ひだに該当するものとして証第三号及び第一三号証が証拠調を為されており、証第三号(双用犂)が佐々木農機株式会社の製作にかかるものであることは被告人も認め、また証第一三号(双用犂)も証第三号同様右会社の製作にかかるものであることは証人三浦武夫の証言によりこれを認めることができるので、これら双用犂(畑用犂)が本件特許の請求の範囲に属するか否かの判断は、被告人の刑責の有無を決する要点の一であるといわねばならない。
しかして本件特許第二一八五〇四号の特許請求の範囲は特許公報斗本(記録六八丁以下)記載のとおりであつて、それによれば、「本文に詳記する様に、数条の弾性犂ひだ片の根部を一体とし、該根部全体を犂先支持板に固着すると共に、各犂ひだ片の背後を連結板で連結して犂ひだを形成し、上記連結板を操作して各犂ひだ片の弾性により犂ひだの根部を起点として犂ひだ面を所望に捻曲せしめる事を特徴とする犂ひだ」というのであるから、この特許発明の技術的範囲の要点は、犂ひだ面を所望に捻曲させることであつて、この要件を具備しないものは、特許請求の範囲にぞくしないのである。(牧順四郎証言記録六冊八四五丁裏、庄司英信の各鑑定書四項参照)
さて、この犂ひだ面を所望に捻曲せしめるということは、右の如く特許の請求の範囲の冒頭に「本文に詳記する様に」と註釈していることであるから、特許公報「の発明の詳細なる説明」(但し(2)丁右欄一一行目にある反転により良好は反転はより良好の誤記と認める、牧順四郎の証言記録六冊八三七丁参照)によらねばならないことは明白であつて、その説明によれば、犂ひだ面を所望に捻曲せしめるとは、例えば実施例第一図ないし第五図に示すように、把手を操作して犂ひだ面に所望の捩り曲面が生じたとき、把手を溝に嵌入して、この捩り曲面を保持させる(元に戻つて了わないようにすること)ことであつて、換言すれば犂ひだは使用前使用者の欲する―すなわち所望の―度合の捩り曲面が与えられ、かつこの捩り曲面を保持させる装置がなければならない。(なお庄司英信の各鑑定書八項参照)
しかして特許公報にいう「捻曲」又は「捩り曲面」とは牧、渡辺両審査官の証言によれば、単なる傾斜、彎曲とは異なつていて、彎曲は「断面、円弧上の度合が単に変る」というのに対して、捻曲は「前後左右の方向が変つた曲り方をする」場合で、俗に「捩れる」というのに該当し、講学上の厳格なる意味合で使用したのではないというのである。庄司英信の鑑定及び証言には、一枚板を捻曲せしめるには、一端の固定する板においてその自由端の左右側に一の偶力すなわち大さ均しく方向の相反する一つの力を作用せしめることが必要であるとなし、捻曲を右審査官等と同様に解し、捩れるとそこに「捩り面」「捻曲面」が形成されるという。また常松栄の鑑定及び証言も「捻曲」又は「捩り曲面」を同一に解し、「捻曲」の曲は接尾語であつて「曲げ」という意味はなく、農業機械でいうところのねじれている状態を示すもので、「曲げ」「屈曲」「彎曲」とは異ると主張する。これに対し前田春興の鑑定は材料力学、応用力学の立場から「捻曲」を「捩れ曲る」と解し、学理上「捩れ曲る」とは「捩り」と「曲り」の組み合わされた状態すなわち「捩れ」に「曲げ」が加わつて初めて「捻曲」という状態が生ずると解するようであり、植松時雄の鑑定も右の前田鑑定と同様「捻曲」とは「捩り」と「曲げ」の組合せと考えられるというが、前示各証拠に照らし採用しがたい。
次に所望の捻り曲面は使用者が使用前に犂ひだに与えるものであつて、犂ひだを土中に入れた後の土圧による犂ひだ面の変化すなわち作用効果(自然捻曲)は要素となつていないことは、本件特許出願の審査に関与した牧、渡辺両審査官の証言と証第一号の特許出願記録(写)によつて本件特許権設定の経過を参照すれば明らかである。(なお庄司英信の各鑑定書八項参照)。この点に関し弁理士沼田新助及び萼優美の各鑑定及び証言はいずれもこれと異り土圧による捻曲も所望の捻曲に入る旨いつているけれども、特許公報に示された審査の結果を無視したもので到底採用することはできない。
進んで証第三号、第一三号がいわゆる所望の捻曲をするか否かにつき検討する。これら双用犂が特許公報の実施例第八図Aの双用犂と同一構成であることは、各鑑定人並びに牧、渡辺両証人もひとしく認めていることによつても明白であるから、右両号証は所望に捻曲せしめうる犂ひだで特許請求の範囲にぞくするものと推定し得るが如くであるが、各鑑定の結果は一に帰しているものではない。
すなわち沼田新助、萼優美の鑑定と証言は捻曲につき牧、渡辺両審査官と同様俗にいう「ねじれる」と同意義に解し、コロ(実施例第八図A、B、Cの符号20)を押し出すことによつて多少の(沼田新助は充分これを目測しえないとしても捻曲態勢をとるという趣旨のことをいう)捻曲はするが、犂ひだ片の他の一方に支板がないために、この捻曲を固定することはできない。またこの程度の捻曲では犂ひだ本来の作業効果を挙げることは難かしいが、固定していないだけに、土中に入れると土圧が加わつて一層捻曲しやすいのであるから、これを予め考慮に入れてコロを適宜操作するならば所望に捻曲させることができるといつて作用効果を重視している。しかし本件特許は作業者が予め土質を考慮し、これに応じて犂ひだに一定の捻曲を与えこれを保持することによつて耕耘の効果を挙げる点に特徴があるものであるから、両弁理士の意見は特許請求の範囲の記載と抵触するものといわなければならない。
一方森周六、庄司英信の鑑定と証言は、捻曲しないといい、何れも物理的実験を経た上コロを全部押し出しても犂ひだ面の一方の側を押し上げ彎曲させる効果はあるが、他の一方に同様の反対方向の力が作用しないから、捻曲させることはできないと結論している。また常松栄の鑑定と証言はコロで一端を押すと一本か二本の犂ひだ片は捻曲する、しかしそれも一ミリか二ミリ位上部の方が捻曲するだけで、犂ひだ面全体が捻曲面を来すわけではなく、犂としての土壊の反転には何等の効果はないという。萼弁理士は犂ひだ面に対角線の糸を張り犂ひだ面を正常な位置においた場合と、左右に倒した場合との糸の長さの差によつて捻曲を測定できるといつているが(各鑑定書の鑑定の理由三(2)ロ参照)、この程度の差が捻曲と関係ないことは、庄司英信及び常松栄の各証言により明らかである。
然らば証第三号、第一三号の双用犂は到底前示の所望の捻曲をするものということはできない。
前田春興と植松時雄の鑑定は「捻曲」を「捩り」と「曲げ」の組合された状態と解し、証第三号、第一三号は共に「コロ」を操作することにより所望の「捻曲」を得られるというが森周六、庄司英信、常松栄の各鑑定及び証言によれば証第三号、第一三号は所望の捻曲(曲げと組合わされてない捩れのこと)をするものでないこと前示の如くであるから、これを採用し難い。
なお又、本件双用犂が実施例第八図Aの双用犂と同一構造であることは前示の如くであるが、本件特許出願の審査は書面、図面上の書類審査にとどまり、実施例の犂ひだについて実験審査を経たものでないことは牧順四郎の証言により明らかであるところ、この実施例第八図Aの如き構造のものでも理論上捻曲を来すことは(これが曲げと組合されたものとしても)、前田春興、植松時雄の各鑑定によりこれを認めえられる。(常松栄の証言中速記部分一四丁も参照)。しかしながら実施例第八図Aと同一構造と認められ乍らも本件証第三号第一三号の双用犂が前示の如く所望の捻曲をしない以上、これを以て特許の請求の範囲にぞくするものということはできない。つぎに、審決謄本(昭和三四年審判第五八八号)もまた右同様の理由により被告人の刑責を問う証拠としがたい。
然らば本件証第三号、第一三号の双用犂が前示特許第二一八五〇四号の特許の請求の範囲にぞくするものと認めるに由ない以上、被告人の右双用犂の製造販売を以て右特許権を侵害したものとは断ぜられないので、その余の点に関する判断を省略し被告人に対しては犯罪の証明がないものとして刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をしなければならない。(東亮明 大久保浩 穴沢成己)